このコラムでは音楽と知育というテーマでお話しします。
みなさんは音楽の習いごとというと、どんなことを想像しますか? 感性が豊かになる、楽器が上手に弾けるようになる・・などが一般的なイメージではないでしょうか。 演奏が上達することや感性が育まれることは音楽教育の大切なポイントですが、ここにもう1つ、“知育”という要素があることはあまり知られていません。
少し難しい話になりますが、ハーバード大学教授、ハワード・ガードナー氏(教育学,心理学)は、人には少なくとも8つの分野の知性があると指摘し、いわゆる多重知性理論というものを提唱しています。
8つの知性とは
- 言語的知性(話す、書く)
- 論理数学的知性(数学、科学、理論の解明)
- 音楽的知性(リズムや音の理解、美意識、鑑賞)
- 空間的知性(空間の想像、認識)
- 身体運動的知性(運動能力)
- 対人的知性(対話、他人の心理)
- 内省的知性(自身の理解、自己洞察)
- 博物的知性(自然、生物の理解)
この考えでは、たとえば“音楽的知性は音楽家だけに必要”という、知能と職業が一対に対応しているわけではなく、それぞれの知性は複合的(多重)に働いていると指摘しています。 たとえば音楽家の場合、演奏で人を感動させるには、自分や他人の心を知り、作品の法則を知り、また、指や体を動かす必要があります。
楽器の演奏には音楽的知性だけではなく、理論的なことや人の心、運動能力など、先にあげた様々な知性を駆使しなければ上達しません。 ガードナー氏は学校の学力テストなどで測れるのは、言語的知性や論理数学的知性の範囲に限定されると述べていて、人の知性をはかるにはもっと多様な尺度が必要であると言っています。
音楽教育は音楽にしか役にたたない、将来、音楽の仕事をしなければ活かされることは少ないと考えるご家庭もまだ少なくありませんが、それは誤解であることが分かります。1つの知性を昇華させるためには、他の分野の知性も同時に発達していく必要があり、音楽教育はその意味で多様な知性を育む知育教育でもあります。
では、音楽教育はどのような知性を育むのでしょうか。 音楽教育が目標とする知育、感性や心の発達、習慣などについてまとめてみました。
集中力(観察力)
音の大小や高低、遅速、曲想などを“注意深く聴く習慣”をつけることで集中力を身につけます。“聴くことは集中力に依存している”ので、音楽は集中力を高めるのに有効です。
直観力
音楽を聴いて曲想を知る習慣を身につけます。物事の真相を素早く知る直観力のトレーニングになります。
即時反応
音に反応してすぐに体で表現する、反射反応力を養います。運動能力との関係が深く、とくにリトミックではこの要素をとりいれたプログラムが多用されます。
積極性
自ら表現する積極性を身につけます。歌ったり、おどったり、人前で何かすることが恥ずかしい子供も、習慣的にそうした場面に接することで徐々に積極性がでてきます。
表現力
聴いた音楽について自分の思いや感想をもち、感じたことをまた音楽をとおして表現します。自分らしさを表に出す習慣を身につけます。
記憶力
楽器を演奏するには曲のメロディーやリズムのパターンを覚える必要があります。上達すると長い曲も暗譜(音楽を記憶すること)ができるようになります。記憶する習慣が身につき、記憶力のトレーニングになります。
数の概念、読解力
音の拍数や長さをはかる習慣を身につけることで数の概念を学びます。実は、楽譜は音の拍や長さなどが高度に計算されて作られた記号の書物です。読譜の訓練は読解力も高めます。
感性、美的センス
音楽が感性や美的なセンスを育むことは良く知られています。音楽教育が情操教育の中でも最もポピュラーになっているゆえんです。
人の心
音楽が人のこころに作用することは良く知られています。音楽を奏でることは自分のこころの働きだけでなく、他人のこころにどう影響を与えるのかを考えるきっかけにもなります。
根気、持続力
1つの曲、1つの教材など、こつこつと目標を達成することで持続することの大切さ、根気強さを養うことができます。また、発表会での演奏など、お客さんの拍手や家族の激励をうけることで達成することの喜びを感じるようになります。楽器の練習はこまかな失敗の連続をのりこえることでもあります。ここから、失敗しても挫折しない強い心が育ちます。
創造力(想像力)
楽器の演奏が上達すると、簡単な伴奏や好きなメロディーをつけられるようになります。中には自作の歌をうたう子もいます。自分のアイディアを形にする習慣をつけることで、創造(想像)力を養うことができます。
文化、風土、歴史を感じる
日本や西欧の作品を聴き、演奏することは、同時にその国の文化や風土を感じることでもあります。 また、作品の歴史的な背景を知ることは、その国の歴史を学ぶことでもあります。
発表会で学ぶこと
発表会は生徒にとって表現の場ですが、人の演奏にも耳を傾けられるようになることも大切な要素です。他人の感じ方、表現の仕方も認め合えるようになり、多様な価値観を受け入れられる素地を育むことも教育上の目標となっています。
いかがでしょうか。これほど多様な知性を育む習いごとはあまり例がありません。音楽ほど身近で親しみやすく、子供たちが楽しみながら多様な知性を育むのに適した教科はないでしょう。
日本人はとかく目に見えるもの、物質的、合理的なものを重視する傾向にあります。公教育にもそれは表れていて、近年、芸術分野の授業は減少傾向にあります。ですが、これからはアイディアや独創性、人のこころといった目に見えないものが重みをもつ時代です。子供たちが将来、世の中や国際社会に羽ばたいていくにはエコノミックな発想だけではなく、文化人としての知性が必要となります。
音楽や芸術はクリエイティブな知性、また社会的なステータスももたらしてくれる優れた教科であることをぜひ知って頂きたいと思います。
コラムの中のコラム
「学力や運動能力にも影響」~耳のトレーニングの効果について~
子供の習いごとで関心の高いものに学力(塾)や語学(英語)、運動(スポーツクラブ)といったものがあります。一見、他の分野と思えるこれらの習いごとにも、実は音楽(耳)のトレーニングは大きな影響力をもっています。 フランスの耳鼻咽喉科医で音声医学の第1人者として有名なアルフレッド・トマティス博士は、聴覚と発声の関係について次の原理を発見しました。
- 聴き取れない音は発声できない
- 聴き取りが改善すると、発声も改善する
- 聴覚は一定期間のトレーニングによって改善し、定着する
また、博士は「耳を通して聴取した音は脳のエネルギー源になる。耳が良いほど脳は活性化され、頭の働きが活発になる」と述べており、耳は音を聴取するだけでなく、“脳の活性”の他、“心身のバランス”を保つ大切な機能ももっていることを指摘しています。耳のトレーニングが実際、どのような場面で効果を発揮するのか音楽以外の事例で見てみましょう。
例えば外国語の習得について、人は民族によって優先的に聴こえる音の周波数帯が違うことが知られていますが、日本人の場合は1500ヘルツの中低音がよく聴こえ、その音域以外は聴き取りにくいとされています。したがって、あまり耳にしない音域(外国語)の発声は聴き取りにくく、発音もうまくできないといわれています。外国語の微妙なイントネーション、アクセント、リズムなどは聴覚もトレーニングすることによって改善すると考えられています(トマティス博士文献より)。
英語の学習で音読や音源による練習が要求されるのも、聴覚のトレーニングが重要であることを示しています。音楽は広い範囲の音域(周波数帯)を日常的に聴くので、こうした語学学習にも副次的な効果があると考えられています。 耳の能力は普段あまり注目されることはありませんが、この機会にぜひ意識してみて下さい。
利き手ではない手のトレーニング
ピアノやヴァイオリンなど、音楽の演奏には利き手ではない方の手も活発につかわれます。例えば、右利きの人が左手の動きをコントロールしようとすると右脳が活発に働くことが脳科学の実験からもわかっています(AERA with Kids 2007)。
ピアノの練習は左右の手とペダルの足、さらに読譜をするなど非常に高度な作業のため、こうした鍛錬が脳を活性化することが指摘されています。また、スポーツの世界(野球、テニス、ゴルフなど)でも利き手以外の手の訓練は能力向上に寄与することがよく指摘されていて、この点からも指単位で運動する音楽の演奏には様々な副次的効果があることが考えられます。
余談ですが、東大生で小学生のときにピアノを習っていた人の割合は女子で79%、男子で44%といったアンケート結果などもあります(週刊朝日2006:東大合格者106人に対するアンケート調査)。 近年は女子だけでなく、男子も音楽を習う家庭がとても増えており、日本の文化水準は依然として高くなっています。子供たちが才能を身につけ、将来の可能性を開くには学力やスポーツだけでなく、創造力やイマジネーションを育むアート(音楽)も大きな効果があると当学院は考えています。